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対談者 舞踊家 平多 浩子 先生

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♦プロフィール----------------------
平多 浩子
1950年 藤間流日舞を始める
1954年 モダンバレエに転向(仙台ノイエタンツ研究所)
宮城県第二女子高等学校体操部在学中インターハイ等全国大会出場
日本女子体育短期大学体育芸術科(舞踊科前身)卒業・在学中インカレ出場ダンス優秀者として賞される。在学中江口隆哉氏に師事
平多正於舞踊研究所指導員を経て現在に至る

1986年 秋田市長賞(指導者賞)受賞
1995年 社団法人全日本児童舞踊協会奨励賞受賞
1996年 平成7年度宮城県芸術選奨新人賞受賞
1997年 第54回全国舞踊コンクール特別賞「童心賞」受賞
1998年 第17回あきた全国舞踊祭モダンダンスコンクール「群舞賞」受賞
2001年 12月より文化庁特別派遣芸術家在外研修員としてオランダ(ロッ テルダム)にて研修
2004年 平成15年度宮城県芸術選奨受賞
2009年 北九州アジア全国洋舞コンクール10周年記念表彰(長年の助力に対して)
2010年 宮城県「教育文化功労賞」受賞

平多浩子舞踊研究所 HP


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鳥澤会長 まずは、宮城県教育文化功労賞受賞おめでとうございます。

平多先生 ありがとうございます。

鳥澤会長 11月3日に受賞されたということでよろしいですか?

平多先生 そうですね。11月3日の文化の日を記念してということで…。

鳥澤会長 長く宮城県に貢献と功績を残されたということで、受賞されたと思うのですが、その時のご感想はどうでしょうか?

平多先生 やはり長く続けていればいろんな出来事がありますが、こういう思いがけないご褒美があると、何か嫌なこととかはすっかり忘れますね。嫌なことをいつまでも思ってますと、新しいものが生まれてこないということですね。一応定年というものが無い世界なので、自分なりの定年を決めていたのですが、この賞を頂いたからには、その定年は無しにしなきゃいけないかなと思い直しました。

鳥澤会長 それはもう、生涯現役でお願いします。

バレエとの出会い

鳥澤会長 体が弱かったということで、お母様からの勧めで最初は、日本舞踊を始められたそうですが、何歳の頃からですか?

平多先生 3歳ですね。最初は遊び半分で、4、5歳になってから何となく本気になったというか。

鳥澤会長 芽生えてきたということですね。おもしろさがわかってきた。

平多先生 私は戦争中に生まれています。19年ですので、栄養事情が良くなくて、虚弱体質というかそういう感じで生まれたようです。

鳥澤会長 戦後間もなく始めた訳ですね。その頃は、日舞というのはあちらこちらにありましたか?

平多先生 本当に少しでしたね。それに日舞の教室はほとんど芸者さんのための稽古場で、芸者さんがお仕事をする前にお稽古をつけにくる。その中になぜか子供がいたという感じでございました。

鳥澤会長 他のお子さんはどういう目的だったんでしょうか?

平多先生 やはりそれはお母さんが、将来舞踊家にさせたいと思われたのでしょうが、比較的経済的に恵まれた方が多かったですね。私の両親は教員ですので、しがない教員ではちょっと贅沢だとは思いますが、健康には代えられないという親の気持ちだと思います。

鳥澤会長 お母さんなりの想いが込められていたんですね。その後、日舞からバレエに転向するきっかけというのは?

平多先生 先ほどもお話しましたが、母が教員でして、その母の教え子がバレエ教室をやっていたんですね。同級生が結構習ってまして自由奔放なんです。もちろん制限はあったと思うんですが、日舞だけをやっていた私からすると、なんという世界なんだ、こんな世界もあるんだなと…。

鳥澤会長 確かに日舞とバレエというのは動きがまったく違いますよね。バレエは活発で日舞はしとやかな動き、静かなる動きですよね。

平多先生 バレエの発表会を見た後、帰ってからずっと、私はバレエをやりたいと、だいぶ駄々をこねたそうです。今考えますと日舞に結構投資したと思うので、変わるということは母にとってはちょっと複雑な思いがあったろうと思いますね。今の子供達は塾だ何だとバレエを辞める子がいるんですね。私のように強いやりたい意志とか無いのかなって思いますね。どうしてもやはり踊りはやりたかったんです。でも、それが日舞じゃなくてバレエの方がいいと、子供ですから自分なりに思った。

鳥澤会長 そういう気持ちが出たということは、精神的にも肉体的にも健康になってきたということでしょうね。

継続は力なり

鳥澤会長 芸術や技術というのは本当に物心ついたときからやるのが一番いいですね。

平多先生 やっぱりコツコツと努力、それしかないのかなと思いますね。

鳥澤会長 先生の言葉に『継続は力なり』というのがありましたけど、それは実感だと思うんですが…。

平多先生 苦境に立った時にその言葉が浮かびました。私は、平多正於舞踏研究所の東京本部にいて、ちょっと体を壊しまして仙台へ帰りました。その時に、これをきっかけに辞めるんじゃないかなと初めて思いました。その後、結婚して息子が生まれた時に続くかなと…。息子が難病だったものですから、今度こそ無理かなと思いました。だけど何とか続きました。それを見ていた現代舞踊協会の理事長が私に色紙を贈ってくれたんですね。それが『継続は力なり』です。今までやってきたことに対しての敬意というか、それとともにこれからも何があっても続けることだよ。続けることが一番。続ける人が一番偉い。とか全てを含めたそういう色紙をくださったんですね。稽古場にもかけてあるんですけど、やっぱり救われますよね。何かあって落ち込んだ時に、大丈夫かなって楽観的になれます。

鳥澤会長 考えてみますと奥が深い言葉ですよね。

平多先生 そうですね。今度の受賞も、もし辞めてたら何も無しですよね。やっぱり続けていたから、習ってくれる生徒がいる。応援してくれる親御さんがいる。私を応援する家族がいる。私だけで貰えたものではないな、みんなの力だなと思いますね。

鳥澤会長 やはり周りの力がないとなかなか難しいですよね。私の学院の教科書にも『雨だれ石をも穿つ』という考えを入れてるんですよ。一滴一滴が大事なんです。それが大きなものを動かす。そういう意味でも、本物を目指していかないと厳しい時代ですね。

子供に教えるということ
ー教育ー


鳥澤会長 教室はお子様が主体だということですが?

平多先生 いえ、子供達が大人になっても続くので結局大人もなんです。

鳥澤会長 真に〝継続〟の実践ですね。今は、世間的に子供さんの問題があったり、いじめだとか、あるいは将来に希望はないだとか、いろんなことが起こってますよね。先生からみて、一般の子供さんとご自分の教室に来ているお子さんを比べてみるとどうですか?

平多先生 明るさが違うと思います。今、家庭でもどこでも、子供達への声かけが絶対に足りないと思うんですね。うちでは必ず会話をしますので、引き出し方では子供の方から話してくるようになるんですね。今、子供は本当に話さないというか話せないですね。自分のことを言えないですよ。だから何とか言わせるんですね。



鳥澤会長 学級崩壊があったりしますね。

平多先生 それは会話が足りないんですね。先生が逃げてる。だから私は絶対に追及しますし、悪いものは悪い、良いものは良い、泣いても叱ります。それで嫌な方もいると思います。でも、私の方針は曲げたらいけないと思うのです。踊りだけができれば良いというものではないと思うので、やっぱり心も鍛えてあげる。上手下手は二の次であって、まず、いい心で踊る。だから結構正義感が強すぎて、時には痛めつけられることもありますが、でもこれはうちの方針として筋は通さないと。

鳥澤会長 子供達は入ってきた頃とだんだん変わってきますか?

平多先生 変わってきますね。まず、今の子供たちは靴を揃えられない。挨拶ができない。できなかったらやり直しさせます。

鳥澤会長 礼節ですね。

平多先生 その日、「こんにちは」の声でこの子はちょっと具合が悪いかなとか、帰した方がいいかなと判断しないと大変な病気になったりすることがありますよね。声がいつもと違っていれば当然わかります。声を出せないような子は出してもらう。自分のこと、例えば具合が悪くなったから休憩させてと言ってくれる子でないと、こちらも見ているとしても、やはり自分のことは自分で言える子じゃないといけない。教師の観察力ももちろん必要ですけど、何でも話したり言えたり、自分のことを態度で表せるというのがすごく必要だと思うんですね。

鳥澤会長 つい先日、テレビで見たんですが、高校の生徒が、就職氷河期ということで就職できないんですね。ある高校は、以前、不良学校で有名だったらしいんですが、その学校に赴任してきた校長先生が、「礼節」と「大きな声を出す」ということを掲げて教育した結果、今では就職率が100%だそうです。ですから今、先生のお話を聞きましてなるほどと感じました。やはりそれが大事だと。

平多先生 いつまでも親が代わってやってあげてはいけない。

鳥澤会長 失敗しても考えさせるということですね。先生の教室では就職する方もいらっしゃるんですか?

平多先生 うちの生徒は、教員と保母さんになる子が多いです。

鳥澤会長 人を教える立場ですね。

平多先生 教員になるのも大変なんですが、繋ぎ繋ぎの代用教員から、正規になる道を選んだりしていますね。

鳥澤会長 現場の大変さから、教員が体調を崩すことが多いようですが…。

平多先生 うちの生徒で教員になった子から、教育の現場の話を聞くとびっくりしますね。

鳥澤会長 教員の事件が多いですよね。

平多先生 宮城県も3本の指に入るぐらい教員の事件が多いところなので、すごく辛いと、うちの生徒も話してました。

鳥澤会長 先生が特に指導していく点で、重きをおいているものを上げて頂くと?

平多先生 踊りは心で踊る。努力をすれば絶対上手くなる。絶対泣かない、めげない、くじけない。もうこれはうちの生徒との約束です。

鳥澤会長 よく泣きますよね。

平多先生 泣いて逃げているんです。泣く時は嬉しいときに泣くものだと私は言うんですよ。

鳥澤会長 これは特筆すべきことですね。

平多先生 泣かない、めげない、くじけないですね。

鳥澤会長 それに尽きると。これもやっぱり経験の中から実感されたことですね。

平多先生 だから子供たちにはかなり厳しいと思います。

鳥澤会長 しかし、これから生きていくのにはですね、これは基本でしょうね。

平多先生 そうです。でもいつも「これは私が教えるべきことなのかな」「家庭で教えるべきことなのかな」と私は悩みます。ここまで私が入り込んでいいんだろうかと考えてしまいますね。

鳥澤会長 私も教える立場として、家庭、学校、職場での礼節や声を出すことを言いますが、なかなか報われないんですよね。

平多先生 本当ですね。

鳥澤会長 私は教えた後にですね、家に帰って胸が痛くなるんですよ。先生はそんなことはありますか?

平多先生 あります。

鳥澤会長 ありますか。私だけじゃないんですね。

平多先生 ありますね。もうしょっちゅうありますね。そして、ずっとそればかり頭にあります。あの子は、次に会う時、どんな顔してくるのだろうかと。

鳥澤会長 もう胸が痛くてですね。あの言い方で良かったんだろうか…とね。

平多先生 でもね、子供はかわいいんですよ。その後で、かわいいお手紙で「先生ごめんね」とかね。

鳥澤会長 そういうリアクションがあるとフォローしやすいですね。
平多先生 私も、何かで気まずくなった子供がいたと思った時は、例えばメールとか電話とかじゃなくて手紙を書きます。

鳥澤会長 それが一番いいですよね。

平多先生 もしかしたら大人も同じだと思います。やはり自分を見てくれていたということですから。私、平多正於のところに飛び込んで最初に言われた言葉は「どんな子にも一言声をかけろ」ということだったんですね。

鳥澤会長 それは素晴らしいですね。人と接する時に欠かせない根本的なことを端的に言われていますね。真に現場の言葉ですね。

平多先生 30人いたら30人に、踊りのことだけじゃなくていいから「今日の髪型いいんじゃない」「お洋服、今日は変わったね」とか、それを必ず言えと言われたんですね。新米の頃は、何て言ったらいいのか、なかなか難しかったですね。でもとにかく声をかけるということは、「私を先生は見てくれた」っていうことに繋がるんです。それは子供だけではなくて、今は大人もなんですよね。

鳥澤会長 今、先生のおっしゃられたことで思い出したのですが、私が勉強している儒教の孔子が五常(仁・義・礼・智・信)というのを言っているんですね。五常の中に全部包含されてます。昔と今と教育は同じなんですね。変わらないということを感じますね。

ご来院のきっかけ

鳥澤会長 当センターに来院するきっかけになったことは何ですか?

平多先生 これもバレエ繋がりで、私どもの教室が仙台の一番町にあるのですが、その会場を貸してくださっている方もダンス教室の先生で、その方からのご紹介でこちらに通うようになりました。肩こりと椎間板ヘルニアがありましたので。地下鉄を降りると黄色い看板が見え、すぐわかりました。

鳥澤会長 無理されてますからね。

平多先生 できると思ってやってしまうからいけないんですね。

鳥澤会長 気持ちは「やりたい」「まだやれる」。でも肉体がついてこない。これでみなさん体を壊すんですね。

平多先生 もう今はみなさんにどうぞとお勧めしてるんです。人に勧められるということは私が良くなったということですので…。

鳥澤会長 私の知ってる方にいろんなスポーツをやってる人がいるんですけど、気持ちは若いんですよ。ところが体がついていかないので、だいたい心臓を壊すんですね。是非、先生も現役でなさっているということで注意して頂きたいと思います。

平多先生 はい、注意します。

健康

鳥澤会長 先生の健康に対する考え方でモットーにしていることは?

平多先生 私は仕事上、極めて不規則な生活をしていますので、自慢することはあまりないんですが、「疲れたら寝る」ということです。

鳥澤会長 これは基本ですよね。無理して起きてますと体を壊しますからね。

平多先生 後は絶対食べる。

鳥澤会長 ダイエットは考えないですか?

平多先生 はい。メタボの健診は引っかかりませんでしたので。ウエストも普通です。

鳥澤会長 腕も太くはないですね。姿勢が良いですね。凛としてます。他には?

平多先生 サプリメントと、こちらのヤングライフ、爽快水素は疲れた時にいいですね。結構体に良いというものを食べてます。

鳥澤会長 私も常備してます。総合栄養を取るといいですよ。マキシモルソリューションズという総合的な栄養が130以上入っているものがあります。例えばビタミンCが足りない場合、ビタミンCだけを取ってもダメなんです。栄養としては受付けないんです。栄養というのは全部連携していますから、総合的な栄養がその細胞にないと一つの細胞の中にビタミンCだけ与えても生きられないんです。我々でいうとスタッフがいないと成り立たないのと同じです。是非、その辺りも健康維持のための考え方に取り入れてみて下さい。ご経験からくる含蓄あるお話を伺えて、仙台での第1回目対談のお土産になりました。それではこれで記念すべき対談を終わらせて頂きます。本日はありがとうございました。

平多先生 ありがとうございました。

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プロフィール

鳥澤 悟道

Author:鳥澤 悟道
株式会社リヴァイヴ
代表取締役 鳥澤 哲男

●東洋カイロプラクティック
 専門学院 学院長
●東洋カイロプラクティック
 直営療術センター 総院長
●東洋カイロプラクティック師
 協会 会長
●予防医学推進 悟道会 会長
●健康アナリスト
●上海中医薬大学気功研究所
 修了
●臨床催眠療法師

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