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東洋思想-5

-❺ その後の陰陽五行思想-

 宗教や医学にも「陰陽五行思想」は中国や日本の国家形成に大きく関わってきた。
 古代中国では、道教(老子/春秋時代・紀元前770~紀元前476年の間とされている)や儒教(孔子/春秋時代・紀元前551~紀元前479年頃)が中心となって「陰陽五行思想」は広まっていった。
 日本には、古代朝鮮三国のうちの百済クダラ(他の二国に高句麗コウクリ/新羅シラギ)から6世紀頃(大和朝廷の成立時代/4~7世紀)に「陰陽五行思想」が伝来した。
 
道教(老子・荘子の老荘思想と仏教)は中国の三大宗教といわれ、他の二教である儒教と仏教に対抗して“道教”が成立した。唐の時代には王室と結ばれて繁栄し、現在では台湾や東南アジアの中国人にも信仰されている。

儒教(孔子の中心とした思想・教学・祭祀)は、仏教・道教とともに中国における中心的な哲学で、唐代以前の五経易経(周代の占いの書でを6つずつ組み合わせた六十四卦によって自然と人性との変化の法則を説いた)・書経・詩経・礼記・春秋」と宋代以後の四書「大学・中庸・論語・孟子」を重視した。
前漢(紀元前206年~紀元後23年)の末期に国家祭祀が採用され、儒教が国教化された。

日本固有の宗教である「神道」は、大和朝廷(4~7世紀)によって国家的祭祀として制度化され、・・・その後、仏教、江戸時代には儒教の影響も受けた。

日本では、6世紀になると国家による組織化が進み、聖徳太子によって“憲法17条”が制定され、官僚や貴族に対する道徳的な規範を表わし、儒教、仏教の思想や法家・道教の影響もみられた。
10世紀ころ「陰陽道」という名称が一般化し、天文・暦などの学問体系が発展した。11世紀後半以降になると、天文暦数を算定したり卜筮(ぼくぜい)や吉凶を占う呪術を行う「陰陽師(賀茂忠行・安倍晴明)」も誕生した。今日でも結婚や葬式などの日選び建築の方位、星占いなどにみられる。

平安時代初期(紀元794年~816年)には、天台宗(最澄・さいちょう)や真言宗(空海)の密教にも道教・陰陽道・神祇思想(シンギシソウ/天の神と地の神)が影響を与えた。

中国の南宋時代(紀元後960~1,127年)の朱熹(シュキ)によって儒学説(儒教)が大成され、宇宙論・存在論から天地・人性・道徳などによって「朱子学」が説かれた。
日本には鎌倉時代(紀元1,191~1,332年)より伝えられ、江戸時代には官学として武士の中に入り込んで中心的な思想となった。
朱子学は武士道となって、江戸時代に儒教(孔子)の朱子学に裏付けされて発展し、「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義」などの道徳として、明治維新後にも国民の規範となり、現在でも「武士道」の“陰陽五行思想”が我々の心に息づいている。

「義」とは、人の道である
「勇」とは、正しいことをする
「仁」とは、愛・寛容・他者への思いやり
「礼」とは、他人の感情に対する思いやりの心が外に表われたもの
「誠」とは、万物は誠で始まり果てしなく広がり永続する
「名誉」とは、個人の尊厳と価値を強く意識すること
「忠義」とは、主君や国家に真心から仕えること

日本の医学にも陰陽五行思想が浸透しており、伝承記録によれば3~4世紀頃から、先ず、“朝鮮半島の医術”が伝来し、7世紀初頭から中国大陸と直接交通をして“中国医学”を招来した。以来、16世紀頃まで模倣していた。
東洋では、“宗教的医学”が仏教というかたちで、長期にわたって中世の社会に及んで民衆の中に融和していったという。日本にも大きな影響をもたらしたのが、宗教的医学である「漢方医学(中国医学)」であった。
 日本においての漢方医学は、渡来してから長い間、医師としては「(僧侶/お坊さん)」が兼ね、その反映は医師の“僧態”や“僧位”となって近世まで残った。

【僧位】朝廷(天皇政府)が僧侶に授ける位や階層をいう
【漢方の省令】日本の医学の省令(行政上の命令)は、当時の内務省令によって明治16年10月23日に公布され、医術開業試験規則及び医師免許規則に基づき、漢方医学ではなく、西洋医学を修めた者でなくては医師としては認められなくなり、東洋医学が全く無視されるようになってしまった。


「陰陽五行思想」は、易・道教・儒教・朱子学・神道・医学・武士道に大きく関わり、日本文化に大きく影響を与えた。
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『悟道に向えば 相生する』

中国四千年以上前の「陰陽五行思想」に相生(そうしょう・そうせい)という理論がある。
 他者に徳や喜びなどを与えれば、自分に『徳』が還ってくるという利他の思想がある。
 逆に相剋(そうこく)という、他者に損や悲しみなどを与えれば『損』が還ってくるという。
 相性(親和)と相剋(反発)の基本的な理論がある。

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 昨年は様々な出来事があった!
 アメリカの投資銀行リーマン・ブラーザーズによるリーマンショックという世界的金融危機に始まり、日本では未曾有の3・11で知られる巨大地震が発生し、原子力発電所が被災し放射能漏れを誘発、日本国を震撼させた天災と人災による危機的事態を引き起こした。

 あれから1年以上がたった、…思うように復興が成されていない現状。
 政治の混迷、自民党から民主党に政府が移ったとき、私が以前この機関誌「健僚」に書いたことが起こってしまった。参議院のねじれ国会が現実のものとなった。
 
 政府や政治への不信、外交問題の不安、企業倒産の増加、企業の海外移転、自殺者の増加、家族同士の殺傷事件、警察関係の卑劣な不祥事件多発…等々、安全・安心・信用の失墜が加速している。

 政府や政治への不信…、次々変わる内閣により、鉄壁ともいえる官僚組織が国を取り仕切っている。官僚たちの思う壺となり得る俎上が…。国家債務が九百兆円まで膨らんでしまった。一朝一夕にはいかないというが、先ず国家体制を根本から再構築する覚悟をもって、一つ一つ綿密に成否し揺るぎない改革を実行することが急務だ。…何としてもの思いが必要だ!
 
 外交問題の不安…、たとえば、TPP(環太平洋戦略的経済協定)などは国家間の国益を優先し、有利や不利が生じ軋轢(あつれき)を生じさせている。また、沖縄米軍基地問題については、ある専門家によると、一説には、沖縄の普天間に米軍基地がなくても物理的に支障がなく、辺野古移設さえも必要ないともいう。いったいどうなっているのだろう。
 
 企業倒産の増加…、金融支援で一時的に資金繰りができたが、返済時期が始まり業績不振により企業倒産が増加している。リーマンショックが大いに関係しているようだ。また、後継者の承継問題が原因で『自主廃業』に追い込まれる事業者も増加傾向にあるという。
 
 企業の海外移転…、家電製品の値下げ、テレビやパソコンなどは著しく『デフレ(貨幣供給量が流通に必要な量を下回ることから生ずる一般的物価水準の下落)』傾向が止まらず、各メーカーの大幅な赤字決算が明るみになった。
 東日本大震災や超円高など景気の冷え込みから企業の空洞化が進み、各関係メーカーは販売縮小や経費削減、また海外合弁を図るなど海外移転も加速している。消費税アップの論議も拍車をかけているようだ。
 長引く不況で物が売れなければ…値下げする。ますます販売競争が激化し、薄利多売となって物余りから需要が低下し倒産、従業員の給料も減額されリストラも余儀なくされる。結果、自殺者や家族同士の殺傷事件も増加するという悪循環も起こり、負のスパイラルが止まらない。

 警察関係の不祥事件多発…、これらは相反する傾向を示している。総じて、警察は公務員としての身分保障によって権益が保たれ、生活の安定や将来の安心感から馴れ・甘え・油断を誘因させているように思う。しかし、その事は当事者が気付いていないようだ。
 これら諸問題のすべての根源は、「我欲」「甘え」「意地」「嫉妬(しっと)」といえる!

 ともあれ…、国民が最も憂慮しているのは、究極には年金問題や老後の不安だろう。

 …様々な問題が山積しているが、心配を払しょく出来そうな気運もある!!!
 道家の開祖で知られる老子の道教では、「神仙思想」というものがあり、たとえ山に登っても山頂まで行かず、八合目あたりまでしか登らないという。
 なぜか…?!
 山頂まで登ると「大過(たいか)」が起こるという。大過とは、行き過ぎれば…『もの極まれば変化する』のたとえからきた思想である。
 つまり、昨年起きた最悪の状態から、今年からは良い変化が起こると予測する !
❶ 国民の心理に何事にも耐えようとする心構えと自立。
❷ 政治による、国民の理解と経済安定に向けた人物の登場。
……が考えられる。

 宮沢賢治(岩手県出身1896~1933年)の『雨にも負けず』の詩に……
 『雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち 欲はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている。
 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり そして忘れず。
 野原の松の林の陰の 小さなわらぶきの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行って恐がらなくてもいいといい 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい 日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにデクノボーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしはなりたい。』……がある。

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 我を知り…『悟道に向えば 相生する』……と願う…!!!

目次

●はじめに
・悟道のブログについて

●悟道のブログ
・東洋思想-1
・東洋思想-2
・東洋思想-3
・東洋思想-4
・東洋思想-5

●悟道塾
・鳥澤哲男が すべての人に伝えたいこと 悟道塾 総集編
・すべてのことに感謝
・地球の存在
・武士道
・食脳育
・心が創る世界
・天地人和合
・エコの精神
・責任と想像
・本物の時代
・仁義礼智信
・『全事 我在りて 世の為 人の為』
・運命は未来からやってくる
・『人生はどう歩むかが大切である 更に 誰と歩むかである』
・『諸行無常の大過をもって 魂磨く』
・『何が何としてもの想いが 我を開く 』
・『悟道に向えば 相生する』

●悟道塾健康対談集
・人生の先達の言葉には真実の重みがある
・対談者 民主党 枝野 幸男 氏
・対談者 深野歯科 高田馬場診療所 深野 博志 氏
・対談者 長岡クリニック 院長 長岡 信吉
・対談者 故)コーセー相談役取締役 小林禮次郎 氏
・対談者 癌研有明病院 肝胆膵 担当部長 亀井 明 医師
・対談者 王子ペットクリニック 重本 仁
・対談者 東京国際学園 学園長 荒井 裕司 氏
・対談者 スベンソン 代表取締役 兒玉 圭司 氏
・対談のすすめ  北原 保
・対談者 藤谷 克己 医学博士
・対談者 地球交響曲 監督 龍村 仁
・対談者 舞踊家 平多 浩子 先生
・対談者 渋沢栄一記念館 館長 井上 潤 氏
・対談者 アダプトゲン製薬株式会社 現)代表取締役 林 博道 氏
・対談者 大脚本家 石森 史郎 氏

●社史
・東洋整体術 東洋カイロプラクティック専門学院 創業まで
・日本初の整体学校誕生から27年、創業当時を振り返る
・上海中医薬大学国際教育学院との姉妹校までの歴史
・インナーマッスル(深層筋)療法誕生秘話

対談者 大脚本家 石森 史郎 氏

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今回の健康対談のゲストには、映画やテレビをはじめ、様々な分野の脚本制作を手がける石森史郎氏をお迎えしました。
石森氏は、80歳となった現在も、現役脚本家として活躍されています。脚本制作への思いや映画制作秘話をはじめ、大脚本家としての人生についてたっぷりとお話をうかがいました。

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脚本家 石森 史郎 氏
1931年北海道生まれ。日本大学藝術学部映画学科卒業。
在学中に執筆した「晩鐘」が、シナリオ作家協会新人シナリオコンクールに入賞。
テレビ「ママちょっと来て」で脚本家デビュー。
芸術選奨文部大臣新人賞、毎日映画コンクール脚本賞、
日本アカデミー賞優秀脚本賞、厚生大臣優秀賞など多数受賞。
私塾「青春脚本塾」を主催し、後進の育成にも熱心。

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石森氏の代表作
画脚本 約百本、テレビ脚本 約千本を執筆。ドラマ・アニメーション・特撮作品など、幅広い分野で現在も活躍中。
■映画
【 日活 】「私は泣かない」
    「夜霧よ今夜も有難う」
    「ああひめゆりの塔」
【 松竹 】「約束」「旅の重さ」
    「同棲時代」「愛と誠」
    「ふれあい」「博多っ子純情」    「凶弾」
【 東宝 】「泥だらけの純情」
【 東映 】「暴力学園大革命」
    「ボクサー」
【 東映動画 】 「銀河鉄道999」
【 角川映画 】 「ボビーに首ったけ」

「青春デンデケデケデケ」
「あの、夏の日」「告別」「理由」など、大林宣彦監督とは多くの共同制作を行う。

■テレビ
NHKテレビ小説「水色の時」、
「青春」「必殺仕事人」
「虹のエアポート」

■舞台
「鬼と人と」
「デージーの咲く街」
「新撰組情話 京都・雨月の恋人」


脚本家としての人生

「全部自信作。
  自己暗示ですけど」



鳥澤会長 今回の対談にあたり、改めて石森先生の著作一覧を拝見しましたが、どれも有名な作品ばかりで驚きました。全部知っているといってもいいくらいですよ。

石森氏  気づかないうちにたくさん仕事をしてきました。以前、私の総括本を作っていただいた時に調べていただいたら、映画百本、テレビ千本くらいは書いていることがわかりました。自分でもよく書いたなと驚きました。

鳥澤会長 作品づくりに行きづまったことはありませんか。

石森氏  ないですね。何故かといいますと、ラストまで頭の中で出来上がってから書き始めるんです。そうすると、一気に書けてしまいます。

鳥澤会長 執筆されているジャンルが本当に多岐に亘っていますよね。素晴らしい。

石森氏  まぁ、好きだから続けてこられたんです。大学の時の先生がシナリオの大御所といわれる野田高梧先生だったのですが、先生はとても厳しい人で。彼から、監督や脚本家というのは思想家だということを学びました。ただ、残念ながらそいういった監督や脚本家はとても稀有です。

鳥澤会長 膨大な作品の中でも、自信作はありますか。

石森氏  全部、自信作です。半ば自己暗示ですが。野田先生からも、そういうスタンスで作品に取り組むよう言われていました。

鳥澤会長 なるほど。偉大な教えですね。

石森氏  先生方からは、本当に大切なことを教えていただきました。ある時、八木保太郎先生という方に、「何のために脚本をお書きになるんですか」と尋ねたんです。そうしましたら、先生は、「時代の証言者になるためだ」とお答えになられました。「現在の自分の主張をきちんと構成して、シナリオに盛り込むことで、時代の証言者になることができる。だから、ただ単にストーリーを追っかけたシナリオじゃだめだよ」と。確かに、そういう主張がある作品は、どんなに古いものでも感動するんですよね。私も、全作品にそういった主張を盛り込んでいます。だから、「自信作」なんです。

鳥澤会長 やはり、偉大な師のもとには偉大な方が育つんですね。

石森氏  いやいや、しかし、色々な脚本家や監督がいらっしゃいますからね。大学卒業後に入った撮影所が日活でしたが、入った頃はすごい人たちがたくさんいるなと感動してばかりでした。でも、テレビの影響をうけて、映像ではなく言葉を中心として表現してしまう監督が少なくなかったことは、非常に残念でした。映画は映像で語ってほしいんです。そして、映画は大衆のものですから、大衆がわからないものではいけない。わからないもの、楽しめないものは、エンターテイメントにならないですから。

鳥澤会長 先生は、どんなことを根底に作品づくりをされているんでしょうか。

石森氏  人を楽しませる作品であることです。楽しくない映画は映画じゃないと思っています。テレビもそうですけどね。僕くらい映画を楽しんでいる者はいないんじゃないかと思います。友人と映画にいくでしょ。僕ひとりでキャッキャッと笑っちゃうんですよ。笑うタイミングが人より少し早いみたいで、僕だってわかっちゃうみたい。この間も映画館に偶然居合わせた知人に、「先生来てるなって思ってた」なんて言われちゃって。

鳥澤会長 本当に楽しまれているんですね!ご自分の作品も映画館で見られるんですか?

石森氏  観ます。絶対に観なきゃいけません。観客と一緒に映画を観るということは、人がどこで笑って泣くかということをリアルタイムで体感できます。これが、脚本家としてすっごくいい勉強になるんです。そして出来れば何度も観ます。それも違う場所で。地域が違うと、やはり観客の反応が違いますからね。

鳥澤会長 東京と大阪だと、ずいぶん違うものですか。

石森氏  全く違います。

鳥澤会長 石森先生としては、どちらの方がやりやすいですか。

石森氏  私はどうしても関西地方の言葉が苦手で。あの言葉の使い方がどうも…。

鳥澤会長 そうですか。では関西を舞台にした作品は少ないですか。

石森氏  いや、書いています(笑)一時期、「必殺仕事人」を書くために京都に滞在してました。大阪弁を勉強するために、吉本に通った通った。

笑いは文化
「ばかばかしいことは、
 全然ばかばかしくない」


鳥澤会長 石森先生は、お笑いはお好きなんですか。

石森氏 大好きです。何故かというと、私自身が笑いの作品を書けないからなんです。一種のコンプレックスですね。逆に泣かせる作品はうまいんですよ。

鳥澤会長 韓流ドラマや映画にみられるように、最近は泣かせる作品が人気ですよね。

石森氏 人を泣かせることは、そんなに難しいことじゃありませんが、笑わせることは難しいんですよ。何故かっていいましたらね、犬や豚が笑うとこを見たことないでしょ。人間だけなんですね、笑うのは。そう考えますと、笑いっていうのはすごく高尚なことです。

鳥澤会長 笑うっていうことは、日本人の国民性ともいえるんでしょうか。

石森氏 そうですね。例えば落語。江戸時代の厳しい生活を送っていた民衆が、仕事が終わると寄席へ通うじゃないですか。今日が辛いから、ひと時の娯楽によって明日への希望を見出す。寄席は「ばかばかしいお話」って始まりますが、これが全然ばかばかしくない。笑いというのは、生きる上で大変大事なことです。その笑いで大衆を包み込んでくれるのが、落語ですね。だから大衆に愛されてきた。

鳥澤会長 映画やドラマがこの世からなくなるっていうことを考えたらどう思いますか。

石森氏 例えば、そういう文化を楽しめない人がいたら、その人は人間じゃないですね。人間、どんな時代でも娯楽を求めるものです。どんなに仕事人間でも、一服したいときはありますからね。そういえば、最近、無駄を省くなどという政策がありますが、あれこそばかばかしいと思っています。無駄ほど贅沢なものはありません。サラリーマンが仕事を頑張って、その後ガード下で一杯やる。今日の反省をし、明日の英気を養う。私はそれを無駄だとは思いません。

鳥澤会長 そういう場では情報交換も行われますしね。

石森氏 そう。それによって、競争意識もうまれる。現代の日本には競争意識が不足していると感じます。戦わない人は、つまらないですよ。そして競争するなら一番にならなきゃいけない。二番も三番も四番も同じですから。

鳥澤会長 一番を目指す意識がないと、何事も楽しめないですよね。

石森氏 日本は、終戦以降、戦争をしていない珍しい国です。だからこそ強調文、自分の国を自分の力で護るということを意識していかないと、どんどん呆けていってしまう。戦うという意識を身につけることは、今後の日本の課題のひとつだと思います。

思い出の
カレーライス

「誰かをご馳走するなら
 『中村屋のカレー』と
   決めているんです」



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石森氏 私は、中村屋のカレーライスには、忘れられない思い出があって。

鳥澤会長 興味深いですね。何故ですか?

石森氏 大学時代に書いた『晩鐘』という作品がシナリオ作家協会主催のコンクールに入賞しまして。当時は映像学科に所属していたんですが、脚本の方が面白くなりました。大学の先生にも、監督より脚本家の方が僕の質に合っているとアドバイスをいただき、その道に進むことにしました。

鳥澤会長 なるほど、その先生は、石森先生の本質を見抜いていたんですね。

石森氏 その後、僕の作品が雑誌に載ったので、紀伊国屋にその雑誌を探しにいったんです。そこで、たまたま通りかかって探し物を手伝ってくださった方がいらっしゃいましてね。それが、紀伊国屋の田辺茂一社長だったんです。大感激です。

鳥澤会長 すごい偶然ですね。

石森氏 無事に雑誌を手に入れることができ、安心していると、「お腹空いてないか」って社長が言うんです。丁度空腹だったので、素直に「はい」と答えると、紀伊国屋の真向かいの中村屋へ連れていっていただきました。そこで、初めて「カレーライス」を食べたんです。「ライスカレー」ではなく、「カレーライス」を。

鳥澤会長 その違いは…。

石森氏 僕もそこで教わったんです。「ライスカレー」はご飯にカレーがかかった一般的なカレー。「カレーライス」は、銀の器に入って、ご飯とカレーが別々に出てくるんです。学食を食べていた頃でしたから、銀の器や骨付き鶏肉の入ったルー…ひとつひとつに驚いたことを覚えています。

鳥澤会長 それは、心に残る思い出ですね。

石森氏 そう。それから僕は、誰かをご馳走するときは、「中村屋のカレー」と決めているんです。

北海道の
   タンポポ

「どこにでも咲いてる。
  そこが好きなんです」


鳥澤会長 石森先生は北海道ご出身ですが、北海道で脚本家といえば倉本聰さんですよね。

石森氏 彼は東京のご出身なんですが、途中で北海道へ転居されたようですね。

鳥澤会長 やはり、北海道のような自然が豊かな場所の方が、作品づくりには適しているんでしょうか。

石森氏 東京に比べて、自己解放はしやすいでしょうね。そういう点では、特に若者にとって東京は非常に生きにくい土地だと思います。そういえば、北海道でタンポポをご覧になったことはありますか。

鳥澤会長 タンポポですか…記憶にないですね。

石森氏 空港の周りにもたくさん生えていますから、ぜひ、ご覧になってください。僕は、北海道に群生するアメリカタンポポが花の中でいちばん好きなんです。東京で見られるタンポポは地べたに這うように咲きますが、北海道のタンポポは背が高い。その姿が好きで。あと、タンポポってどこにでも咲いてるでしょ。そこが好きなんです。

鳥澤会長 明るくて、誰にでもフラットで…まるで、先生みたいですね。

石森氏 僕は、花を見るといつも感動するんです。同じ赤でも、花によっ<強調文strong>強調文て色が違う。それぞれの色で、外界に主張している気がして。

健康法
「奥さんの料理を
  食べることかな。
   それがいちばんの
     エネルギー源


鳥澤会長 現在八十歳とは思えないほどお元気な石森先生ですが、何か健康の秘訣はありますか。

石森氏  特にありませんが、奥さんの料理を食べることかな。それがいちばんのエネルギー源。僕のことを思って作ってくれる料理がいちばん美味しい。

鳥澤会長 なるほど。やっぱり先生でも、奥さまには尻にしかれるタイプだったりするんですか。

石森氏  男は尻にしかれるくらいが丁度いいんです。それは、信頼につながることですから。僕の脚本は彼女がデータにおこしていますから、いつも読者第一号なんです。

鳥澤会長 それは頼もしい。

石森氏 それと、健康法といえるかどうかわかりませんが、刺激の強い物が苦手なので、普段から、水と牛乳しか飲みません。

鳥澤会長 なるほど!だから先日の食事の席でも、お水を飲まれていたんですね。精神面での健康法はありますか。

石森氏 あまり過去の話はしませんね。常に未来に向かって突っ走る気持ちでいます。時には、脚本を一日で書き上げることもあります。

鳥澤会長 そういえば、田中角栄さんと周恩来さんを題材とした映画の脚本を執筆されたということですが、どうして今、執筆されようと思ったんですか。

石森氏 『双頭の龍 ― 周恩来と田中角栄』という映画です。今年は日中国交正常化四十周年ですが、その国交を回復した田中角栄さんが、未だに高く評価されていないんですよ。国交回復の裏にどんな苦労があったのか、今こそ、それを映画で伝える必要があるんです。

鳥澤会長 田中角栄さんは、中国ではかなり有名な人物ですよね。

石森氏 中国の要人が来日される際には、必ず田中角栄さんのお墓をお参りするくらいですからね。中国の発展に大きく関わった方です。日本の政治の在り方が問われていますが、本来、政治家っていうのは官僚を動かす人のことをいうんです。田中角栄さんは、それが出来た政治家でしたね。

鳥澤会長 田中眞紀子さんをはじめ、田中角栄さんのご家族は、映画化についてどう感じられているんでしょうか。

石森氏 田中眞紀子さんが、まず初めに承諾してくださいました。彼女は、角栄さんのことをとても尊敬していますから、こちらも彼女の納得できる映画にできるよう努めました。私は以前に、たった一度だけ角栄さんにもお会いしたことがあって。約三十年前のことになりますが、芸術選奨文部大臣新人賞を受賞した際に官邸で昼食をいただいたんです。その席で、「石森さんのお父様は、校長先生ですよね」と声をかけていただいて、とても驚きました。

鳥澤会長 そういうところまで調べられているんですか。すごいなあ。

石森氏 本当に驚きましたよ。後からわかったことなんですが、角栄さんは学校の先生に対してとても敬意をもっていたんです。当時、教職員の給料を八割程度アップしたこともあるそうです。

鳥澤会長 田中角栄さんは、「高等小学校卒業」のイメージがありますが、実は、王子にある中央工学校を卒業されているんですよね。確か第一期生で。

石森氏 そうなんです。その中央工学校時代のこと、周恩来との知られざるエピソード等、全部映画に書いていますから、ぜひご期待ください。

鳥澤会長 それは楽しみです!上映が待ち遠しいです。これからも、時代の証言者として、多くの作品を世に送り出してください。


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 本日は、本当にありがとうございました。

対談後、春の陽気の中、鳥澤会長が、石森氏を王子駅までお送りしました。
 その途中、「今度、中村屋のカレーを食べに行こう」「うちの整体術をぜひ受けてください」といった会話を通じ、友好の固い絆を結びました。



石森史郎先生の著書のご紹介







東洋思想-4

-❹ 十干と十二支-

中国の殷(いん/紀元前1,751年~紀元前1,023年)代に十干(天干ともいう)と十二支(地支ともいう)を組み合わせた「干支記日法」が始められ、干支(えと・かんし)の組み合わせで暦日を表わしていたという。


陰陽思想・八卦思想・五行思想は段階的に縦横に融合し、五行が陰陽に分けられ、紀元前400年頃に十干(じっかん)の兄(え)弟(と)が五行の陰陽に配当された。

の陽は(こう/木兄・きのえ)で陰は(おつ/木弟きのと)、
の陽は(へい/火兄ひのえ)で陰は(てい/火弟・ひのと)、
の陽は(ぼ/土兄つちのえ)で陰は(き/土弟・つちのと)、
の陽は(こう/金兄・かのえ)で陰は(しん/金弟かのと)、
の陽は(じん/水兄・みずのえ)で陰は(き/水弟・みずのと)というように
五行の陽と陰に配当された。

 
 漢代(紀元前200年頃)には、十二支として子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)を配当した。

 十干十二支を合わせて干支(えと・かんし)とよび、
甲と子を合わせ甲子(きのえね)、乙丑(きのとうし)、丙寅(ひのえとら)、丁卯(ひのとう)・・・・・のように組み合わされた。
また、同じ時代に十二支の時刻や方角などを表わすために用いられるようにもなった。

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<・・・次回「❺その後の陰陽五行思想」に続く>
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プロフィール

鳥澤 悟道

Author:鳥澤 悟道
株式会社リヴァイヴ
代表取締役 鳥澤 哲男

●東洋カイロプラクティック
 専門学院 学院長
●東洋カイロプラクティック
 直営療術センター 総院長
●東洋カイロプラクティック師
 協会 会長
●予防医学推進 悟道会 会長
●健康アナリスト
●上海中医薬大学気功研究所
 修了
●臨床催眠療法師

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